火曜日, 1月 11

ブギーポップ・アンノウン 壊れかけのムーンライト

アニメディア立ち読みの代償として、K2書店で購入。

オビやチラシに書かれたあらすじの文章を考えたのは作者か、それとも編集者の仕事なのだろうか? どちらにせよ“6人の少年少女”なんてフレーズが含まれていれば、シリーズのファンとしては嫌でもパンドラを想起させられてしまう。
それが期待のハードルを高めてしまった結果、本来よりもさらに厳しい評価となってしまうのは避けられないわけで、ちょっと迂闊ではなかったかと…あるいは確信犯的なもの(←読者を釣るエサ、あるいは敢えて比較することで自身の過去作を越えようという作者の決意表明)だとか?
キャラの関係がパンドラのように6人ワンセットではなく3人×2であり、そもそも絆が希薄であること。また万騎の正体(←バレバレだけど)や雪乃の唐突な裏切りなど、こちらが充分に咀嚼して飲み込むよりも早くどんどん事態が進展するせいで、話の流れを追いかけるだけで精一杯になってしまい、読み終わった後に何も残らなかった…というのが実際のところ。「ただ話が始まって、そして終わった」というだけで、その中で語られるべきテーマやキャラクター描写といった肝心なものを素通りしてしまったような。
けっこう激しく戦ったのに、終わってみれば誰ひとり死者がいなかったというのもマイナス要素だろうか…これもパンドラとの比較になってしまうけど。「キャラを殺さなきゃ盛り上げられないのか」という、陳腐な批判に対して反論できない悲しさ。

なんだか“パンドラの劣化版”みたいな評価になってしまったが、あとがきを読むと少し印象が違ってくる。
>勝ち抜け合戦で選ばれるのはたった一人で誰かが叶えてしまえば他の者には絶望しか残らないようなものではない、全く別のなにかが求められているような気がする。
この記述を読んで思い起こしたのが、宇野常寛が「ゼロ年代の想像力」の中で語った時系列──いわゆるセカイ系の後に、それを否定する形でバトルロワイヤル系が登場し、さらにそれを乗り越える新たな価値観が生まれるだろうという仮説──である。
現実を見渡してみると(小泉改革が中途で挫折したように)すでにバトルロワイヤル的な価値観は過去のものとなり、今や世界には再び(セカイ系の雰囲気に覆われた90年代末と似たような)絶望と諦観が蔓延しているようにも見える。
つまり、すでに寿命を迎えたバトルロワイヤル系価値観が一過性のものでしか無かったのに対し、先に生まれて今もなお生き残っているセカイ系価値観のほうが、より(広く長い範囲に渡って受け入れられ)普遍的である…と解釈できないこともない。
だが仮にそうだとすれば、より状況は危機的と言えよう。セカイ系で語られた絶望を打ち破るべく、一縷の望みを託されたバトルロワイヤル系までもが失敗に終わってしまい、より深い手詰まり感だけが残ったわけで。
>じゃあそれはなんだ、というともちろんわからないのだが、なんだろう、我々はもうそれを知っているような気がしてならないのである。今は鼻で笑われるようなこと、みんなから馬鹿にされるようなこと、そこに何かがあるような気がするんだがなー。
ここでもまた、宇野が提示した価値観との共通点があるように思える…すなわち「より身近で素朴なコミュニティの再構築から始めよう」というような。もちろん“過去や現在を分析すること”と“未来を予測すること”とでは難易度が全く異なってくるわけで、正解を見出すのは容易ではないだろうけど。
オレ自身はペシミストだから、そういう“原初的な価値観への再帰”が起こるとするなら、それこそ「派手にドカンと来る世界の終わり」によって既存の価値観が崩壊した後のことではないかと、ひそかに期待しているわけだが(笑)。
そこまで極端な悲観論に与しない者にとっては、今年は期待の持てる年になるかも知れない…アニメ雑誌によれば「今年はオリジナル作品の数が増える」との事で、それは単に原作資源の枯渇という理由が大きいのだろうけれど、そんな苦し紛れの状況の中からあるいは(かつてエヴァがそうだったように)時代の本質を突くような傑作が生まれないとも限らないし。
今期だとフラクタル、そして今後に予定されている作品としては、やはりバトルロワイヤル物を代表する作品となったコードギアスの続編に注目せざるを得ないだろう…と、ちょっと脱線しすぎか。
>(壊したから新しい、って時代も過ぎてるしな。中途半端に作ってるだけなんじゃないか?)
(でも他にやれることもないんで。まぁいいじゃん)

これはターンAか、あるいは「もはや新しいオリジナルなんて存在し得ない」というコピー世代の嘆きか。
ともあれ“容易に答えの出ない手詰まり状況”と“バトルロワイヤルの時代が終わって、ふたたび巡ってきた絶望(=セカイ系)の時代”とが合わさった結果、もう一度パンドラの劣化版みたいな話を書くことが、作者にとって(次の“何か”へ進むために必要な)不可避のステップだったのかも知れないな…と思ったり。

最後にツッコミを入れておきたいのが巻頭のカラー挿し絵…また絵柄が変わってるし(笑)。まぁ、どういう需要を意識したのか不明だったロリ化路線からは方針を変更したようだけど、今回は新たな問題が…。
かつてパンドラでも明らかだったように、横山版三国志車田正美並みのキャラ描き分けスキルしか持たない緒方に対して「6人の登場人物をキッチリ描き分けろ」というのは無理筋に過ぎる。
その対策であろうか、今回は珍しくキャラの外観に関して“黒髪のロングストレート”なんてベタな属性が与えられており、これで少なくとも女性陣3人については見分けがつくはず。1人目が黒髪ロング、2人目は主人公の藤花となれば、残るは一人だけだし…と思ったら甘かった
なんと主人公である藤花が分からないという衝撃的すぎるオチが待っていたわけで…つーか、最初に見て思ったのが「なんでブギーポップに竜宮レナがいるんだ?」だったという(笑)。

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