水曜日, 9月 19

ドラゴンスレイヤー 英雄伝説

けっきょく、ロードモナークは2日ほどで嫌になった…って、早っ!(苦笑) 考えてみれば、これまでSLGをプレイした経験そのものが皆無に等しいわけで、その面白さというか醍醐味が今ひとつ理解できていないのかも…この手のジャンルに対する素養自体が無いのか確かめるために、いずれ──他のゲームが片付いた後にでも──蘇るPC88伝説に収録されているHARAKIRI~ハラキリ~あたりをプレイしてみるか。
敢えて良かったところを挙げるなら、フーズパニック編のBGMぐらいだな。イメージ的に、もっとポップな感じの曲のほうが合いそうなのに、なぜか俺好みのマイナーで暗めの曲だったという…プレイをやめた後も、しばらく脳内でヘビーローテーション状態が続いたので困った(笑)。

そして次に手を付けたのが、風の伝説ザナドゥ。とくに深い理由があるわけでは無く、 ただ単に本スレで不具合の報告が上がっていたから、ついでに確かめてみようと思いついただけの事である。
結論としては、不具合の再現は確認できなかった…というか(その不具合とやらが偶発的なものでは無く、特定のイベント内において発生するのだと仮定すると)そこまで辿り着けなかった。なにしろ、最初のイベントで早々と手詰まりになっちゃったんだよねー(爆)。
うーむ、見た目がイースっぽい(←SEとか、そのまんま)から、同じく難易度についてもヌルゲーだと思い込んでいたのだけれど、意外に歯ごたえのある作品なんだろうか? まさかフラグ処理の面でも不具合があるとは思えんし(←もしそうなら、もっと騒ぎになっているだろう)。

そんなわけで、(ロマンシアを除いて)最後に残った英雄伝説をプレイすることになったワケだが、これがまた何とも微妙な作品だったので、扱いに困る…ひとことで言えば、ドラクエの丸写しにしか見えないんだよね(うわぁ…)。まぁ発祥元である海外RPGを奉って、「中世ヨーロッパ風ファンタジーこそがRPGの正統!」なんて原理主義的なことを言うつもりは無いけど、中途半端に西洋ファンタジーの雰囲気を残した世界観が、いかにもドラクエっぽいわけで。
仮に、初代ドラスレのように“なんちゃってRPG”みたいな世界観とシステムを備えた作品を作り続けた末に、たどり着いたのがドラクエもどきだったとしたら、これほどの落胆を味わうことは無かっただろう。しかし、ザナドゥのように独創的なシステムの作品を作り上げ、しかもそれが大ヒットを飛ばしたことによって頂点を極めたドラスレ(ファルコム)というブランドが、なんで今さらドラクエの風下に立つような真似を…と思わざるを得ない。
もちろん──他ならぬファルコム自身によって──“RPGの低難易度化”をコンセプトに作られたイースという先例があったにせよ、あちらは「コンセプトに沿ってゲームシステムを作り上げた結果、ああいう形に収まった」というだけで、特定の作品から影響を受けたようには見えないのに対し、こちらは──目指すところは“ユーザーに優しく”という点で同じだとしても──「結局いちばん取っつきやすいのはドラクエだろ」みたいな、安易な姿勢に基づいて作られたのではないか…と思えてしまうんだよね。とくに、システムだけでなく世界観まで含めた全体的なイメージが、ドラクエを想起させるものになってしまっているのは苦しい。
例えるなら、かつては「遊びをクリエイトする」を標榜して多様な作品を(←もちろん、当りハズレは激しかったけれど)供給してきたナムコが、クエスターを出したときに感じたような失望感とでも言うか…。まぁ対戦格闘ブームの際にも、多くのメーカーが後追いで安易な類似作を濫造したりと、この業界もキレイゴトだけでは食って行けない事情があるんだろうし、ほとんどが無残な屍を晒す結末となったブロックくずしやストIIのケースとは異なり、本作はけっこう売れたようだけど(←88伝説によると、90年度のベストヒットソフト第2位だそうな)。
まぁ売れたと言っても、PCゲームという内輪の中の話であって、ファミコン系のRPGとは比較にならないだろうな…(←検索してみたものの、本数に関する詳細なデータは見つからなかった)。当時の家庭用ゲーム事情については全く無知なんだけど、ドラクエもどきのRPGをプレイしたいという事であれば、PCよりも家庭用ゲーム機のほうが、ソフトの種類も豊富じゃなかったのかね? もちろんマシンのスペックではPCが上回っていただろうから、グラフィックがキレイだとか、メッセージに漢字が含まれる等のアドバンテージはあったとしても、その程度の理由では、当時まだまだ高価だったであろうPCを購入する動機としては弱い気がするぞ。

いずれにせよ、88伝説に掲載された紹介文の
>日本ファルコムの、2D RPGへの究極の回答
という表現は、ちょっと大げさ過ぎだろうと。確かに、移動やメッセージ送りの速度、それに経験値を“次のレベルアップまでに必要な量”方式で表示するよう切り替えられるなど、システム回りの細かい部分でプレイヤーに配慮していることは伺えるが、それらに関しても──飽くまで発展途上であって──べつに本作が究極の完成型というわけではあるまい。
たとえば、装備を交換することで生じるステータスの増減を、同一画面上で確認する機能や、呪文の効果について解説してくれるヘルプ機能など、後年の作品に見られる便利な仕様が、本作では実装されていないし。
また自動戦闘モードについても、ステータス異常に関する標的の優先順位などの点で、必ずしも最適な行動を取ってくれるわけじゃ無いので、同格以上の相手との戦いにおいては、やはりマニュアル戦闘を選んだほうが無難。つまり、格下の敵しか出現しないと分かっている地域を(フラグを消化するための“お使い”などの目的で)横断する際、いちいちマニュアル戦闘するのがメンドクセー…というような場合に使うぐらいだな。
まぁAI戦闘については、マヌケっぷりで名高いドラクエIVが本作とほぼ同期であることを考えれば、(PCとファミコンの差を差し引いても)それほど非難されるべきでは無いか。

厄介なのは、クエストが達成されていない地域にある街や村では、ベッドで眠らせてもらえない(=HP、MPを全回復できない)というケースが多い点。おまけにワプ1の呪文(←いわゆるルーラ)は本家と異なり、直前に訪れた街や村に戻ることしかできないため、もしもズタボロ状態でベッドの解放されていない村に入ったりしようものなら、回復することも魔法で脱出することもできずにハマってしまう…という事も起こりうる。
まぁ救いなのは、戦闘では「逃げる」コマンドが100%成功すること…ただし、こちらが逃げるよりも早く、敵に先制攻撃されるリスクまでは回避できない。とはいえ、戦闘が終了する(←逃げた場合も含めて)ごとに、ヒットポイントがゼロになって気絶していたキャラは復活(HP=1)するし、一度に現れる敵の数は最大4体までだから、4人編成である主人公パーティーが全滅することは、なかなか無いけどね。
最悪、全滅しても“戦いの直前に戻る”という選択肢が提示されるし(←この点に関しては、本作が究極の初心者向けであることを否定できない…つーか、これほど親切な仕様は、ゆとり世代の作品においてさえ珍しいのでは?)。

ともあれ逃亡に成功するとフィールド画面に戻って、そこからは一般的なアクティブRPGよろしく追いかけっこになるワケだが、敵を振り切ること自体は容易…しかし、新手の敵が前方に立ちふさがったりして、進退が窮まる恐れはある(←とくに、地形が狭くなっている場所で挟まれてしまうことが多い)。
もともと敵はランダム・エンカウント方式で出現するわけじゃなく、最初から配置されていたものが“見えない”状態で動き回っているのであって、どうしても狭い場所に集結する傾向があるようだ。それが一因なのかも知れないが、やたら連続して遭遇戦を強いられる事があり、これがまた鬱陶しい…いちおう中盤以降は、アイテムを使えば敵が見えるようになるけどさ。
戦闘の多発によるマイナス点として、せっかくメイン(フィールド?)BGMは良い曲なのに、すぐ中断されてしまう事が挙げられる。この点を考慮したのかどうかは不明だけど、たとえばドラクエIIIのフィールドBGMなどは、曲の冒頭部分がいちばん盛り上がる構造だったのに対し、こちらは後半で盛り上がる曲のため、そこに至る前に戦闘が発生してしまい、なかなか後半部分まで聞けない…という残念なことになっているんだよね。

あと、これはソーサリアンなど他の収録作にも当てはまる(←ということは、PCゲーム全般が抱える宿命的な問題ということか?)ことだが、キャラの移動をブロック単位ではなくドット単位にしたことで、見た目の動きは滑らかになった反面、操作に余計なストレスがかかるようになった…具体的に言うと、階段などを利用する際、ピッタリと座標を合わせなければ反応してくれないのである。移動速度を遅く設定すれば、座標は合わせやすくなるものの、通常の移動がノロノロになるし…。
そのくせ街の住人には、しっかりと当たり判定が存在するため、せまい通路や部屋の入り口なんかに立ちふさがって、こちらの通行の邪魔になることも多い…これは初期のドラクエでも同様だったが、やはり不評だったのか、III以降は当たり判定が無くなって、通り抜けられるよう改善されたというのに。
そもそもドラクエやザナドゥのようにキャラクター単位で移動する方式なら、こんなみみっちい苦労は必要ないだろうし…まぁこの点に関しては、のちに改良されて“ボタンを押している間だけ加速する”という方式に行き着くわけで、当時は発展途上だったと諦めるべきか。

それからパーティーメンバーの、キャラの立て方が希薄なのも気になった。いきなり白紙状態のキャラを複数投入して話を始めるWizやドラクエIIIタイプの作品なら、各キャラに手っ取り早く個性を与える手段として、クラス(職業)という概念が導入されているケースが多い。逆に、あらかじめ特定のキャラクターが設定されているタイプの作品では、その設定に関連するイベントを展開することで、プレイヤーに対してキャラの印象づけを行なうのが常道だろう。
ところが本作では、キャラクターは特定されているにも拘わらず、ほとんどなし崩し的にパーティーに加わるうえ、その設定に関わるようなイベントも──有るには有るのだが──かなり唐突で、ストーリーとしても魅力に欠けるんだよな…この点に関しては、やはり同期のドラクエIVに軍配があがるか?
そして本作の(中途半端に自由な)成長システムが、この問題を助長してしまっているのでは無かろうか? つまり、レベルアップに際して上昇する各パラメータの割合や、習得する呪文を自由に変更できるため、戦士タイプか魔法使いタイプ、また魔法使いの中でも、いわゆるメイジ系(←攻撃系の呪文をメインに習得)かプリースト系(←回復・補助系の呪文をメインに習得)、あるいはそれらの中間・混合型といったように各キャラを特徴づけることも可能になるわけだが、こういうのは一度クリアした後に特殊なメンバー編成で再挑戦するような上級者向けのオプションであって、むしろ初プレイ時には、どのような配分が最適なのか分からず戸惑わせる要因になりかねない。
まぁ実際には、デフォルト設定のまましばらくレベルアップを重ねていくと、次第に各キャラごとに成長の方向性が見えてくるので、何も考えずそれに従っていれば、とくに問題は無いんだけどさ…戦闘そのものの難易度も低いから、少しばかりパーティーバランスが悪くても、力押しで突破できてしまうし(笑)。

ただし、そういったパワープレイの弊害として、せっかく色々と設定されている攻撃および補助系の呪文が、ほとんど活用されずに終わってしまう点がある(苦笑)。せいぜい、やっかいな魔法を用いる一部の敵に対して、サイレス(沈黙の呪文)を使うぐらいで、あとはダメージの蓄積に応じて適当に回復魔法を唱えるだけ…この件についてはスタッフ側も自覚があったのか、なるべく他の魔法を使うよう誘導すべく、回復魔法の消費MPを割高に設定したのではないかと憶測。
にも拘わらず、攻撃や補助系の呪文を使う気になれないのは、まず第一に“会心の一撃”の発生する確率が高いため、ダメージの期待値としては明らかに
通常攻撃>魔法
であること。補助系の呪文にしても、たとえば攻撃力アップの呪文を唱えたところで、実際に増加するダメージは誤差の範囲内にとどまる印象であり、それなら(1回分の行動とMPをムダにするより)自分で普通に攻撃したほうが、やはり期待値は大きいだろうと。
第二の理由は、中盤から入手できるアイテム(←さまざまな魔法の杖や、毒針)を装備することにより、わざわざMPを消耗しなくとも、いくつかの攻撃あるいは補助魔法を使い放題になる点。とくに眠りをもたらす聖なるの杖は強力で、眠ってしまった敵に対しては全ての通常攻撃が“会心の一撃”になるし、一撃で相手を気絶させる銀の杖も確実に決まるので、戦闘がサクサク進むようになる。
そして最後の理由は、攻撃魔法の使い勝手が悪いこと。グループ攻撃呪文が存在しないため、効率性の点で通常攻撃と大差ないのも一因だが、個人的に最も気を削がれたのは、属性面での性質が分かりにくいことである。属性そのものは、炎・冷気・電撃の3つというスタンダードな部類なんだけど、モンスター側の属性設定を推測することが困難なんだよね。
それで何が問題なのかと言うと、本作における属性レジストは、ダメージを減殺もしくは完全無効化するという一般的な方式ではなく、体力回復という形で発動するのだ。ファイヤークリスタルのように、初期値を大きく越えて体力が増大するのでは無い分だけマシではあるが、あちらは少なくとも、属性が見るからにバレバレ(←例:DevdogにFlame spellを唱えちゃダメ)なので予測回避することができたのに対し、こっちは兵隊ムカデが炎属性とか意味不明な扱いなので、わざわざリスクを冒して攻撃呪文を使おうとは思えない。

なお本作では、獲得できる経験値&ゴールドを減量するという形で難易度を変更できる設定になっており、いちばん難しいモードでは経験値が4分の1まで絞られる。すなわちレベルアップ(=それに伴う、HPとMPの全回復)するまでに4倍の時間を要するわけで、そうなると上述したような回復魔法オンリーのゴリ押しプレイでは、すぐにMPが枯渇してしまうだろう。状況に応じて攻撃系・補助系など各種魔法を的確に使い分け、なるべくMPの消耗を抑えながら進む戦術が必要となるはずで、それなりにRPGをやりこんでいるプレイヤーならば、そういう楽しみ方をするべきなのかも知れない。
とは言え、ここでネックになるのが、出現する敵グループのバリエーションが乏しいという点。実際に数えたワケじゃないが、恐らく各地域ごとに10パターン未満しか存在しないと思われる…これだけ少ないと、次の目標地点までの進路が確保される頃には、パターンを覚えてしまって「ああ、またこいつらか」という事になってしまうんだよね。
通常モードでさえそんな有り様なんだから、もし仮に高難度モードでプレイしていれば、それこそ何度も何度も同じパターンの敵と繰り返し戦わされて、さぞかしウンザリさせられる羽目になっただろう。つまり、単に成長速度を落とすことで戦闘の回数を増やしても、それは本当の意味での難しさではなく、ただプレイヤーに長時間の単純作業を強いているだけに過ぎない。レベルアップ作業は、RPGの楽しさの根源たる要素のひとつではあるが、あまり厳しいと「作業ゲー」呼ばわりされる口実を与えてしまうことになるわけで。

以上のような理由から、けっきょく難易度はノーマルで、通常攻撃と回復呪文だけを使って進む…という凡庸な形に落ち着くことになったのであった。まぁ終盤に入ると、通常攻撃の全く通用しない敵も登場するので、ようやく攻撃魔法に出番がやって来たし、ラスボスは高い打撃力と防御力を誇るため、こちらも対抗して(攻撃力や防御力を上げる)補助魔法を使わなければならなかったり…と、さまざまな戦術を使い分ける必要が生じてくる。
その意味では、先へ進むほどに難易度が上昇する理想的なゲームバランスと言えなくも無いのだが、そもそも序盤の難易度が低い(=戦術バリエーションが狭い)点と、見た目のドラクエっぽさが相俟って“初心者向け”というイメージを抱かざるを得ず、それが冒頭の「なんで、わざわざPCでドラクエもどきをプレイする必要が? しかも天下のファルコムが作ったとか…」という疑問につながるわけだ。

ストーリーに関しては、「悪い大臣の企みによって国を追われた王子の、流浪・復讐譚」という、陳腐を通り越して物語のアーキタイプとさえ言えるモノになっており、この点も“初心者向け”という印象を与える一助となっている。
そして終盤の展開は「じつは人間こそが悪で、それを粛清する役目を担っていたのがラスボスだった」という、これまたありがちな人類性悪説に基づいた善悪逆転劇…まぁギリギリ80年代の作品だしな(笑)。
「じつは普通のファンタジーのような中世ではなく、高度な文明が崩壊した後の未来でした」という世界設定も、この当時の作品にやたら多かったパターンだよな…と思って調べたら、ドラゴンセイバー('90年)やLUNARシルバースターストーリー('92年)よりは先なのね。この辺りは、どうしても最初に触れた作品の第一印象に引っ張られてしまうだろうから、ノーコメントで(苦笑)。
むしろ個人的に気に入ったのは、そういったベタな本筋とは離れた、おふざけの部分。とくに中盤までの敵役である叛逆大臣、悪を企むアグダムさん(←この名前も大概だよな…)の死に際における展開のお茶目っぷりには、素晴らしいものがある。
ごもっとも(笑)

しかし、いざ戦いが始まると、この狼狽ぶり(苦笑)

そして倒されたアグダムに代わる、新たなボスキャラ登場!
 
…と思いきや、主人公パーティーが駆けつけて来たことで、あっさり逆転
この世界には、アホな悪役しかおらんのかー!?(笑)

土曜日, 9月 15

ちはやふる第18巻

15日…すなわち今日までの期間限定ポイントは200ポイント弱。流してしまうには微妙に惜しいところだが、なにしろ(例によって)キャンペーンのほうが物足りないのだから仕方ない。
具体的には、恒例の<週末の楽天カード使用で3倍(ツールバー検索でさらに+1倍)>と<楽天イーグルスが試合に勝った翌日は全ショップポイント2倍>を除けば、<発売済み商品を3点以上同時購入でポイント最大10倍>と<本・雑誌・CDを購入でポイント最大5倍キャンペーン>だけという、とてもBDを買う気になれない状況。

こういう場合はキャンペーンを無視して、(期間限定ポイントを消化できるだけの)なるべく安い商品をひとつだけ買って済ませるのがベターだろう…幸いなことに今月は書籍類が豊作なので、選択肢には困らないし。
というわけで、数ある候補の中から最も低価格であり、また図書券で購入した場合の差額メリットも乏しい、これをチョイス。



全額をポイントで支払ったことから、現金で支払った分だけが対象となる<週末の楽天カード使用で3倍(ツールバー検索でさらに+1倍)>も不適用となり、けっきょく割り増しポイントが得られるキャンペーンは、<楽天イーグルスが試合に勝った翌日は全ショップポイント2倍>のみとなってしまったが、別にいいや。

水曜日, 9月 12

屍者の帝国

ニュータイプとアニメディア立ち読みの代償として、O書店にて購入。
SFマガジンを1ヶ月遅れで図書館から借りて読んでいる身としては、どうしても情報の入手にラグが生じるわけで、たまたま新聞の書評欄でベストセラーランキング入りしているのを見て、ようやく発売済みなのを知ったという…(←当然、初版なんて望むべくも無いわけで…それにしても、すでに第7刷とはビックリだわ)。

事前に読んだAmazonの書評で述べられていた通り、最大の懸念であった“円城塔の作品になっていないか?”という点については全くの杞憂で、伊藤計劃の遺筆であるプロローグから円城の手による本編へのシフトは、ほとんど違和感なくシームレスに行なわれた。
現代社会のパロディとしてのガジェットが溢れかえるヴィクトリア時代の描写は、どちらかと言うと高野史緒作品に近い印象だったものの、アフガニスタンを放浪する過程で次第に現実感覚が喪失していく辺りの記述は、かなり伊藤計劃のテイストに近いものがあるし。
つーか、主人公たちがアフガン奥地の秘境にカラマーゾフを追い求めるという展開は、まんま虐殺器官あるいはハーモニーのリフレインであって、普通に考えれば伊藤計劃に対するリスペクトという事なんだろうけど、さらに飛躍するなら“伊藤計劃として”作品を書くための習作、もしくは“伊藤計劃になる”ための儀式でもあったんじゃないか…などと妄想を逞しくしてしまう。

検索しても、作中の時代には該当するような人物が(実在、フィクションを問わず)見当たらなかった事からすると、やはりバーナビーとは“あの”バーナビーが元ネタなんだろうか…確かに主人公の相棒(バディ)という役回りでは共通しているかも知れないけど、それを言い出したら“ワトソン”や“フライディ”も同じなワケで、何らかの意図があるのかと訝しんでしまうな。
しかし、よりによってこの名前を、元ネタとは真逆の脳みそ筋肉男(←イギリス人というより、ネイとかダルタニャンみたいなガスコン人のほうが、よっぽど近いと思える…笑)に充てがうあたり、タイバニ腐女子に対する嫌がらせなのは明らかと思える。しかも返す刀で「下着ではないから恥ずかしくない」などとストパンをパロったセリフを吐かせて、萌えオタまで道連れにしてるし(笑)。

ニュータイプ&アニメディア10月号

今日は休日。例によって昨晩は徹夜で英雄伝説をプレイし、第5章まで到達したが、その後は熟睡してしまい、目が覚めたのは午後3時近くになってからだった…いつもより疲れていたというワケではなく、恐らく暑さが和らいだおかげで、眠りを妨げられなかったのが原因と思われる。
夕方にはATMで所持金を補充すべくコンビニに赴き、ついでにマガジンとサンデーを立ち読み。マガジンは通勤電車内で拾い読みしたり、職場近くのスーパーで読んだりしていたが、サンデーを読むのは久しぶりだな。
GAN☆KONは掲載されていなかったので、とうとう打ち切られたのかと思いきや、Webサンデーに移行してたのね。神のみは、あの謎の少女がドクロウ室長だったとは…正体はお姉さん系のキャラと予想していたのに(←いや、今のところは年齢不詳と見なすべきで、まだ望みを捨てる必要は無いか)。そしてハヤテは、ついに文までが作画劣化の犠牲に…もうダメだー(笑)。

午後7時ごろ、チャリンコに乗ってO書店へ向かう。風呂から上がった後なので夜風が心地よかった一方、眠気を催す効果もあって、ひとまず引き返して眠りたい誘惑にも駆られたが、また「目を覚ましたら閉店時間の直前でした!」という失敗を繰り返す恐れが強かったので、ここは鋼の意志をもって前進(笑)。
O書店の状況は安定しており、今月もニュータイプ、アニメディア両誌そろって立ち読み可能…後者は見本誌形式だったが、ほかの立ち読ミストの手に渡ることもなく、余裕で読むことができた。

表紙&巻頭特集は劇場版まどか☆マギカ。ただし目新しい情報は見当たらず、今月も実質的なトップ記事はゴティックメード…またかよ!と言いたいところではあるけど、なにしろ上映日が近づいてきたので、当分この態勢は変わらないだろうと、諦めの境地(苦笑)。
それにしても、このロボットのデザインが、今後10年に渡る方向性を決定づけるとは思えんのだが…まぁ児童向け玩具としての発売を前提にデザインされていた時代に比べて、ブレイクブレイド、トータル・イクリプス、スタドラなど近年の作品に登場するロボットは痩せ型が主流になりつつのは事実だし、その点では確かに、かつての永野は先行者だったかも知れない。しかし今回のゴティックメードのデザインは、そもそも、これまでの永野デザインとの決定的な差異が認識できないというレベルなので、それを次世代のスタンダードと言われても正直、困る。

そりゃあ今どきロボットアニメ、しかもそのデザインで客を呼ぶのは至難のわざであって、その意味では、世界観と演出の奇矯さ(←ぶっちゃけて言えば、ウテナっぽさ)を売りにしようとしたスタドラの戦略は、間違っていない…と、企画が動き始めた当時は思えたんだがなぁ(苦笑)。
のちに幾原自身が監督を務めたピングドラムともども微妙な結果に終わったことで、この手のスタイル自体が時代に適応していないと証明されてしまった感がある。
なのに、なぜ今になって映画化? こういった、毎週のテレビ放送を継続的に視聴することで盛り上がるタイプの作品は、そのライブ感こそが魅力の源泉だから、最終回を迎えると「終わってみたら、あとに何も残っていなかった」という空虚感に気づいて、急速に“冷めて”しまう傾向がある…それが、BD売り上げがイマイチだった理由じゃないかと。
言い換えるなら、魅力的なキャラクターやテーマといった強烈な牽引力に欠ける作品ということであって、そんな作品が「映画化するよー!」と言ったところで、それほど多くの客を呼び込めるのか疑問なんだよな…。

やたら映画化の企画が乱発されているように見えるのは、これまでの蓄積によって映画化商法のノウハウがアップデートされ、以前なら損益分岐点ギリギリ(←もしくは不鮮明)と見なされた作品でもGOサインが出るようになったのではないか…と憶測。
そんな“ほんとに利益出るの?”と思わせる企画のひとつがモーパイだけど、監督のコメントによれば、大月Pから「2期か映画化か?」という2択を提示されたので、後者を選んだそうな…原作ストックが残り少ないことなどを考慮すれば、妥当な選択と言えよう。

同じく映画化作品の監督コメントとしては、TIGER & BUNNYの米たにヨシトモいわく、今回は自分の得意技を封印し、作品本来の雰囲気を優先したとの事。確かアニメージュのインタビューでも同じようなこと言っていたが、これは不評だった場合に備えて、責任転嫁の布石を打っているようにも聞こえる(笑)。

改編期直前の号ということで、秋クールから放送の始まる新作が数多く紹介されており、やたら読むのに時間を食った割には、現時点では注目に値する作品は見当たらなかった。
敢えて挙げるならPSYCHO-PASSあたりだが、(IG作品で警察モノと言えば)攻殻機動隊に劇場版パトレイバー、さらにインセプション…と、作品名を列挙して自らハードルを上げているからには、いい物を作る自信があるんだろうな? どうも東のエデンとかナイトレイド並みに、かけ声だおれで終わりそうな予感がするんだけど(笑)。
ジョジョについては、今回掲載されていた版権イラストを見るに、ますますコレジャナイ感が強まったものの、まぁどのように描いたところで当面の間は違和感が拭えないだろうから、気長に慣れていくしかあるまい。(新版HUNTER×HUNTERのように)コンセプト自体を誤るようなことが無ければ、いずれ順応できるだろう。

ここしばらくページを確保し続けてきたイナズマイレブンが、今月は劇場版イナズマイレブンVSダンボール戦機もスルーして、一気ダンボール戦記W単独で掲載という謎の展開…。
しかも取り上げられたのはヒロと愛機ペルセウスで、「アホ毛が共通点」というカッ飛んだコメント付き…いったい何がやりたいんだよ!?(笑)

Fate/Zeroは、シリーズ後半を収録したBD-BOXについて。前代未聞の60分にも及ぶ映像特典だの、PS Vita版のFate/stay nightのPVだのを収録した太っ腹な仕様だそうで、とくに「ufotableのスタッフがZeroに引き続いて、そのままstay nightを制作していたら…」というコンセプトで作られた後者は、かつてstay nightを作ったスタジオディーンをdisりまくりだな(大笑い)。

新連載のコミック悪魔のリドルは、どうにもレトロな厨二病テイストあふるる作品で、作者は誰かと思ったら、なんと高河ゆん(しかも原作のみ)でした…時代の流れに左右されないっつーか、こういう話しか作れないんだろうな(笑)。

本の探検隊は、冲方丁の「光圀伝」…執筆のきっかけになったのは天地明察らしいが、こうなると、もうすっかり時代小説家になってしまったイメージが(苦笑)。
まぁピルグリム・イェーガーやシュヴァリエも(舞台こそヨーロッパだけど)時代は近世であって、いちおうは歴史モノの範疇だから、もともとそっち方面の素養があったという事なんだろうな。
個人的には、SFマインドをアニメ媒体で表現できる数少ない脚本家でもあるんだから、そろそろ帰ってきて欲しいところではある──ファフナーも悪くなかったが、それ以外の作品も見たい──ものの、まずは劇場版マルドゥック三部作が片付かないと無理かね…。

コミックス情報も、メインは「光圀伝」のコミカライズ版…って、何かあったのか知らんが、ちょっと力を入れすぎじゃね?
脇のスペースでは、いつもなら3人の選者が各自1本ずつのオススメ作品を挙げているはずだけど、なぜか今回は1人だけで、いつもの3倍という広いスペースを使って取り上げられているのは、なんとナナマルサンバツ…角川の身内びいきと言ってしまえばそれまでだが、まぁ実際、もうちょっと評価されてもいい作品だとは思う。紹介文によると、作者は積極的に、あちこちのクイズ研に取材を行なっているそうで、その成果は確かに感じられるし。
クイズという題材を描くメリットのひとつは、ほかのスポーツなどのジャンルと違って、読者も(ページを読み進める過程で)実際に参加できること…という観点は面白い。

キャラ人気投票は、相変わらずSEEDやギアスといった古参組の粘りが目立つ…まぁSEEDはHDリマスター放送、ギアスは新作が劇場公開されており、半ば現役とも言えるわけだが、そういった支援要素がなく、完全にオワコン──この言葉も、めっきり使われなくなったな(苦笑)──と位置づけられるけいおんやシェリルこそが、強固な支持層を確保している真の古株(←いやな褒め言葉だ…笑)と言えよう。裏返せば、それら古参組を押さえつけて上位に躍り出るだけの、魅力をもった現役のスターが少ないということか。
いちおう現役でトップ扱いなのは、男女両部門で2位の氷菓ということになるが、これはもちろん角川補正も考慮に入れなきゃならんし、それを踏まえても伸びしろの限界に達した感じがする。
今後これを凌駕できるか注目なのが、男性部門で今回1位をゲットしたソードアート・オンラインだな…ライダーとは異なり、視聴者の願望を代行してくれるタイプのヒーロー──平たく言えば「強くてカッコ良くて、女の子にモテる」という、ずいぶん質の低い理想像ではあるが(苦笑)、そういう俗っぽい要素も、何だかんだで一定の需要があるということだろう──と定義すべきか。
対して女性部門では、アスナは5位にとどまったものの、これは男性部門に比べて上位陣が強豪ぞろいだったことを考慮すべきだし、先週の展開を踏まえれば、来月号では一層の躍進が期待できるはず。一方で黒雪姫は、このまま活躍の場が与えられないと、来月は苦しいか? 今月号に掲載の版権イラストは良かったのに…(←ちなみにアニメディア掲載のイラストも良)。
なお、女性部門の1位にはセイバーが返り咲き。編集部のコメントを信じるなら「女性票のほうが多かった」との事だが、これは解釈が難しいところだな…普通にキャラクター本人への支持票なのか、それともアニメージュにおける神楽(あるいはイナイレ女子マネ軍団)のような、作品そのものに対する支持票なのか。


そしてアニメディアでは、表紙&巻頭特集はTIGER & BUNNY。それに続くは、新規のTV版と劇場版の制作決定というニュースを引っ下げた銀魂。さらに一般特集では黒子のバスケと、腐女子メインの布陣は「いかにもアニメディア」というイメージ。
まぁイナズマイレブンが他作品と同格に扱われている点と、ファイ・ブレインのようにマイナーな作品も──今月は、なんと2ページに渡って(笑)──取り上げられている点で、アニメージュとは明確に差別化が図られているが。

公式サイトを見て、キャラデザの劣化ぶりに衝撃を受けたハヤテのごとく新シリーズは、今回掲載されていた版権イラストでは、アニメの旧シリーズや劣化する以前の原作に近いデザインへと修正され、ややマシになったような印象。まぁ実際に動いているところを見るまで、結論を下すのは早すぎるか。
ところで、肝心のストーリーについては全く情報が無いみたいだけど、一体どうなっているのやら…。

キャラ人気投票は、黒子のバスケ勢がツートップ。それ自体は想定の範囲内だったが、緑の人が含まれていなかったのは意外だわ…てっきり腐女子って、メガネ男子が大好物なのかと(←安易な偏見…笑)。
そう言えばニュータイプに掲載されていた設定資料の中でも、スタッフが「黄色の人気が予想以上だったので驚いた」とコメントしてたっけ。

日曜日, 9月 9

ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち

知名度においては、カエサルは言うに及ばずアウグストゥスにも激しく劣るであろう第2代の皇帝ティベリウスだが(←実際、高校レベルの世界史には登場かったはずだし、“暴君”ネロのように分かりやすいイメージが定着しているワケでもない)、可能な限り神格化を避けようとしたり、就任に際して巨大すぎる権限の分担を求めたりする姿勢は、諸行無常や謙譲を美徳とする精神の持ち主である日本人には、意外と通じるものがあるかも知れない…と思ったり。
まぁ実際には、純粋に(アウグストゥスとは少し違う方面での)リアリストであったがゆえの言行らしいけど。
そして、序文の
>皇帝の悪口を言うだけで済んでいた時代
とか、増税なき財政再建を成し遂げるのに苦労させられた点とか、妙に現代日本と符合する要素が見受けられたり…まだ衰退期じゃなく、高度成長期から安定期へのソフトランディングを模索している時期のはずなんだが(苦笑)。

しかし、せっかく苦労して黒字に転換させた財政も、その後を継いだカリギュラのせいで、あっさり吹っ飛ばされてしまうのだから救われない。
これまで読んで来たおかげで、ほんの少しはローマ(人)っぽい名前や発音がどういうものか分かってきた気がするけど、“カリギュラ”というのは違和感あるな…と思ったら、本名じゃなくて愛称だったのね。個人的に“カリギュラ”と聞いて思い浮かぶのは、昔の藤子マンガ「シルバークロス」に登場した、悪の総統の名前なのだが(笑)。

財政を破綻させた末にアッサリ殺されてしまったカリギュラの次が、歴史家皇帝クラウディウス。いちおう皇帝の血縁とはいえ、帝位に就くなんて自他ともに全く考えていなかったことから、政治にも軍事(←これは肉体的なハンディキャップが原因だけど)にも関わらず、歴史研究家として半生を過ごして来たのが、いきなり運命のいたずらで第4代皇帝として押し立てられる羽目に…と、この“本意では無かったにも拘わらず、歴史研究家としてのスキルを活かして、押し付けられた職務を意外に巧くこなした”という点だけ見れば、銀英伝のヤン・ウェンリーと似てなくも無い?
まぁ一般庶民からの評価が低かったり、シェーンコップの言う“歴史の本道”を歩むことに躊躇を見せなかったり、女性運に全く恵まれなかったり(←最期は、嫁さんに毒キノコ料理を食わされて死んだそうな)…と、ほかの面では類似点が少ない以上、単なる偶然か、部分的にアイデアを利用しただけなんだろうけど。

そして最後を飾るのが、かの“暴君”ネロ…と言っても、ローマで起こった大火事の犯人として、当時はマイノリティだったキリスト教徒に濡れ衣を着せて殺しまくった事により、後世のキリスト教徒たちからアンチ・キリストとして扱われたのが大きいようで。
統治者としての才能や自覚に欠けていたのは間違いないだろうけど、若さと経験不足ゆえの無思慮って部分もあるだろうし。そういうマイナス要素を無視して、“若い”だの“新鮮”だのといったイメージ先行のプラス要素だけを見て支持するような悪しき性向は、昔も今も変わってないなぁ…。
カリギュラという失敗例があるんだから「若輩者に過剰な権力を与えるのはヤバい」という判断が働きそうなものだけど、スキピオ・アフリカヌスのような“早熟の天才”という例外もこれまでに無かったわけじゃないのが、悩ましいところか。

さて、ちょうど巻数としては折り返し地点だし、節電強化期間が終わったから図書館へ入り浸る必要も無くなったわけで、ひとまず今年はここまでにしておいて、つづきは来年の夏に取っておくかね?
今更だが、新聞の書評欄にあったベストセラーランキングを見て、すでに伊藤計劃&円城塔の「屍者の帝国」が発売されていることを知り、そっちを読もうかと思案中…でも、新書版は高いよなぁ(苦笑)。